名前の後についているMはモノローグのMです 森の悪魔 シーン1 街の景色/ユーリィの探索 1 [エトM/001]「窓の外に見えるのは、朝霧に包まれた街。   目覚ましのように、今日も軽快な汽笛の音色が鳴り響く。列車は朝霧を切り裂きながら湖畔を駈け、時計の街へと向かっていく」 [エトM/002]「汽車はゆっくりと駅に滑り込み、乗客達になるべく不快感を与えないよう緩やかに停止していく。   此処は国の外れにある、"常夜の森(とこよのもり)"にほど近い時計の街。人々が談笑しながら列車から降りてくる。   ある集団は金持ちである事をアピールし、ある集団は探検家のような格好をしている。   基本的に此処に来る人は精密な時計目当てか、常夜の森目当てかのどちらかだ。まぁ僕らはそのどちらでもないのだけど」  扉が開く [ユーリィ/001]「おっはよう、エト君。元気に眠れたかな? この前みたいに町並みを見ながら一晩明かしたりしてないかい?」 [エト/003]「ユーリィうざい。ちゃんと眠れたよ、いつまでも子供扱いしないで」 [エトM/004]「コイツの名前はユーリィ。苗字は知らない。覚えてない。この旅を始めた頃から一緒にいる、自称僕の大親友だ。   何処か良いとこのお坊ちゃんらしく、すごく金持ち」 [ユーリィ/002]「こいつは失敬失敬」  エト、ユーリィに蹴りをかます [ユーリィ/003]「いてぇ! 蹴るこたねぇだろ!」 [エト/005]「……ふん」 [ユーリィ/004]「ったく……んで、欠片の在処の見当は?」 [エト/006]「全然さっぱり。……まだまだ掛かりそうかな」 [ユーリィ/005]「んじゃ、宿は延長か。給仕さん口説きがてら言ってくるわ」 [エト/007]「給仕さんを口説くのは余計だと思う……」 [ユーリィ/006]「ほほう……嫉妬か? ん〜、エトちゃんは可愛いでちゅねー。だが、妬くな。妬かないでくれエトよ!     俺は愛に生きる男だからな……女を見たら、口説かずには居られないのだよ。ははは!」 [エト/008]「……はいはい、わかったからさっさといきなよ」 [ユーリィ/007]「おう! じゃ、また後でな」  SE:軽快なステップを踏みながら去っていく足音 [エト/009]「……着替えよ」 [ユーリィ/008]「……嫉妬してくれるわけねぇよなぁ。そんなのまだ取り戻してないし……はぁ、辛いぜ。一方通行ってのは。     やぁキティ、相変わらず美しいね」 [従業員/001]「ど……どうも……」 [ユーリィ/009]「ちょっと訊きたい事があるんだけど、良いかな?」 [従業員/002]「なんでしょう……?」 [ユーリィ/010]「ここ一年で、なにか変な事件が起こったりしてないかな」 [従業員/003]「変な事件……? えっと、あるにはありますけど……余所の方には」 [ユーリィ/011]「おお、キティ。君は僕を余所者だって言うのかい……ああ、ああ、そうだろうとも。僕は余所者だ。いいよ、そうだね、余所者には言えないだろう……」  従業員に金を掴ませる [従業員/004]「あ! え……えっと……その、ですね。耳を近くに」 [ユーリィ/012]「なんだいキティ」 [従業員/005]「その、今年に入ってから"常夜の森"の奥へ行くのが禁止になったんです。なんでも、悪魔に襲われる、とかで……」 [ユーリィ/013]「ほうほう……悪魔か」 [従業員/006]「実際に、何人か死人も出ていて……それからは入る事自体が禁止になりました。お役に立てましたか……?」 [ユーリィ/014]「ああ、充分だよキティ。ありがとう」  再度従業員に金を掴ませる [従業員/007]「いえ……お困りの事がありましたら、お気軽に申しつけ下さい。では……」 [ユーリィ/015]「"常夜の森"に現れた悪魔……か。これは、ちょっと調べてみる必要があるかな」  思いっきり開く扉 [ユーリィ/016]「ただいま! 寂しくなかったかい僕の可愛いて……いねぇ!」 [ユーリィ/017]「まったく、何処に行ったんだ……? ん? これは」  テーブルに遺された紙を取り上げる [ユーリィ/018]「なになに? 散策してきます。探さないで下さい……最後の一文は家出の時に使うんだよ馬鹿。ったく……行動力溢れすぎだ!」  駆け足の足音、扉の閉まる音 シーン2 エトの探索 1/ユーリィの探索 2 [店員/001]「ほい、ほかほか芋お待ち! 熱いから気を付けて食べろよ坊主!」 [エト/010]「ありがとう」 [エトM/011]「店員から芋を受け取り、ちょっと火傷しそうになりながらも食べ歩く。   行儀が悪いらしいが仕方ない。此処は街の外れ、"常夜の森"近く。ここ数日で街は全部廻ったし、見ていないのはあの広大な森だけだ」 [エト/012]「常夜の森、か……」 [エトM/013]「様々な文学作品において幻想世界への入り口として描かれる、国土の十分の一を占める広大な森。   あそこに関する記憶は酷く曖昧だけど、たぶん、僕の記憶はあそこにある」 [エト/014]「行ってみようかな」 [エトM/015]「食べ終えた芋の包みを屑籠に捨て、森へ向けて歩き出す。   太陽は天高くあるから、夜道で帰ってこれない、なんて事にはならないはずだ。迷子にならなかったら、の話だけど」 [ユーリィ/019]「なるほど……ありがとうございました」  SE:受話器を置く音 [ユーリィ/020]「これは、不味いぞ……」 [ユーリィM/021]「調べて解った事だが、"常夜の森"に現れた悪魔に襲われたのは十二人。     そのうち生存者は一人だけ。その一人も精神を”や”ってしまっているため事情を訊く事はできなかった。     だが、事件の発生現場はわかった。最初の四件は森の奥だが、警戒令が出された五件目以降は森の入り口辺りでも被害者が出ている。     死因は様々だが、凶器が刃物である点は共通している」 [ユーリィ/022]「"魔女"が憑いてるからめったな事ではやられないだろうが……急がないとエトが危ないな。すいません!」 [御者/001]「はいはい、なんでしょう?」 [ユーリィ/023]「"常夜の森"の近くまで送って行っていただけますか?」 [御者/002]「あ、あそこは近づかない方が良いですよ?」  ユーリィ、御者に金を握らせる [ユーリィ/024]「頼むよ」 [御者/003]「……わかりました。近くまで、ですからね?」 [ユーリィ/025]「飛ばしてくれよ」 [御者/004]「仰せのままに。はぁ!」 シーン3 接触 1 [エトM/016]「森の中は、昼間の筈なのに生い茂った木々の葉のせいでまるで夜のように暗い。"常夜の森"という名前は伊達じゃ無かったみたいだ」 [エト/017]「暗いな……ランタンぐらい持ってくるべきだったかも」 [エトM/018]「一歩一歩、森の奥へ進むたびに頭の中を記憶の欠片が駈け巡っていく。   過ぎるのは実感のない記憶達。以前の街とは違う出方の"思い出"に少し戸惑ってしまう」 [エト/019]「……もしかして、僕は、ここに直接は来た事がないのかな」 [エトM/020]「走る記憶達からそう推測する。だって、そのどれもがまるでガイドブックの内容を追っているかのような――」  SE:甲冑足音 [エトM/021]「突然響いた足音に振り返る。金属の擦れ合う様な音がしたから、間違いなく獣の物ではない。   恐らくは人の物。けれど、街の人に聴いた話ではここ最近森には入る事を禁じられているはず。だから、街人ではないはずだ。では誰――?」  SE:足音・段々近づいてくる [エトM/022]「暗い所為で近づいてくる影の容貌が掴めない。金属の擦れ合う音から、何かを着けているのは間違いないのだろうけど」 [エト/023]「誰……?」 [エトM/024]「距離が詰まるにつれ、相手の容貌が掴めてくる。   森が暗い、と言う事もあるがそれ以上に相手の容貌が掴みづらかったのは、その全身を覆う甲冑の所為だったみたいだ。   科学技術の進歩で過去の遺物と化した、中世騎士のような全身を覆う甲冑。手には細長い剣。時代遅れにも程がある格好だ」 [影/001]「(喘ぎ喘ぎ)見つけた。獲物。ようやく、見つけたぁ!」 [エトM/025]「声を聞いた瞬間、ぞくりと全身が心臓になったかのような脈動。       この感覚は知っている。三ヶ月前に"魔女"と対面したときと同じ――!」 [エト/026]「僕の……欠片……!」 [影/002]「あぁぁぁぁはぁぁぁぁぁぁ。ひ、ひひひ、ひひゃひひゃぁあああははははは!!」(なんか適当に狂った笑いで) [ナレ/001]「甲冑の男は狂った笑いを漏らしながら、手にした剣を振りかぶりエトへと斬りかかる。   刃はその笑い声からは想像もつかないほどに洗練された無駄のない軌道を描き、エトの身体を断ち切らんとする。   けれど、少年も恐怖に怯えるだけの童ではない。   男が刃を振りかぶった瞬間には、既に男の脇を通り抜けんとしていた。   森という悪条件であるにもかかわらず、少年は華麗に男の脇をすり抜けた。当然、刃は空を切る」 [影/003]「どうしてぇ……どうしてだぁぁぁぁぁぁ!!」 [エト/027]「まだ……死ねないからね」 [ナレ/002]「甲冑に慣れていないのか、剣を振るうときとは全く別人のようにノロノロと振り返る男を見ながら、エトは攻勢に出る。   甲冑相手に真っ当な勝負を挑む気などあるはずもない少年は軽やかに跳躍し、旋回途中の男の肩を蹴飛ばしその背後、入り口側へと降り立つ。   そして振り向きもせずに、全力で逃げ始めた」 [エト/028]「(まともに相手にしたら命が幾つあっても足りないよ……)」 [影/004]「ぁあああああああああ!!」 [ナレ/003]「男は癇癪を起こしたように声を張り上げ、直ぐさま追い駈けてくる。   速い。驚くほど速い。先程ノロノロと旋回していたのが嘘のように、瞬く間に少年に肉薄した」 [エト/029]「うそ……!」 [影/005]「いただきぃぃぃぃ……いただぁぁぁぁきぃぃぃぃぃああぁぁぁぁぁぁぁ!!」 [ナレ/004]「好物に飛びつく子供のように、およそ甲冑を着ているとは思えないほどの跳躍力と速度を持って男は跳躍した。   向かう先は一瞬後に少年の身体があるところ。人は急には止まれない。このままでは押し潰されてしまう」 [エト/030]「くっ……!」 [ナレ/005]「一瞬の思案の後、少年は思い切って前方に向かって飛び込み、辛うじて甲冑の下敷きにはならないで済んだ。   着地もほぼ完璧であり、起きあがるのにそれほど時間は掛からなかった」 [ナレ/006]「対して全体重を乗せ飛んだ男はというと、痛そうにしながらノロノロと起きあがっている。   コレを好機と、少年は走り抜く。今度ばかりは男も追跡を諦めたようで、足音は追ってこなかった。   足音の聞こえないのをしっかりと確かめて、エトは一旦立ち止まる。そこへ、彼を心配して追い掛けてきたユーリィが合流した」 [エト/031]「はぁ……はぁ……ぐっ」 [ユーリィ/026]「エトー!……エトー! エト!」(遠くから徐々に近づいてくる感じで [エト/032]「ユー……リィ?」(心底驚いた様子で) [ユーリィ/027]「馬鹿が! どうしてお前はそういつもいつも独断専行するんだよ! 俺を頼れっていつも言ってるだろうが!」 [エト/033]「……ごめん」 [ユーリィ/028]「まぁ、今はとりあえず街に戻るぞ。作戦会議と仕置きはその後だ」 [エト/034]「……うん。ごめん、ちょっと…………寝かせて」(事切れる感じで) [ユーリィ/029]「身体弱い癖に、無理しやがって……」 [ナレ/007]「ユーリィは眠りに堕ちたエトを背負い、森の出口へと向かう。   先程よりもほんのり増量させた札束を握らせた御者は、びくりびくりとしながらもキチンと森の入り口近くで待っていた。   彼は降りかかるかも知れない不幸よりも、金を選んだのだ。扱いやすい奴である」 [ユーリィ/030]「戻ってくれ」(不機嫌そうに) [御者/005]「はい。はぁ!」 シーン4 作戦会議 [ナレ/008]「街に、宿に戻って暫く。陽も落ち始めた頃にエトは目覚めた。相変わらず顔色は悪かったが、意識はハッキリとしていた」 [ユーリィ/031]「で、どうして独断で森に入ろうと思ったんだ?」 [エト/035]「一通り街は廻ったし、残ってるのはあと森ぐらいだったから。危険なのはわかってたけど、仕方ないよね?」 [ユーリィ/032]「(こいつは……)はぁ……まぁいい。とりあえず、一言書き残せよ」 [エト/036]「残したよ?」 [ユーリィ/033]「アレを書き置きとは認めねぇ。つか、探さないで下さい、は家出するときに使う文句だ馬鹿。……まぁいい。で、会ったのか?」 [エト/037]「うん。会って襲われて確信もした。アレは、僕の欠片を持ってる」 [ユーリィ/034]「そ、か……で、どんな奴だったんだ?」 [エト/038]「時代遅れの甲冑を着た鼻息の荒い……男、かな。ちょっと声が濁ってて性別はよくわかんない」 [ユーリィ/035]「そうか……しかし、甲冑か。厄介だな」 [エト/039]「うん。殺さないで取り戻すのは……大変だと思う」 [ユーリィ/036]「……まぁ、対処法については考えておくから今は寝てろ」 [エト/040]「……うん。ごめん」 [ナレ/009]「エトが眠りに落ちたのを確認すると、ユーリィはそそくさと部屋を後にする。その貌(かお)に浮かんでいたのは鬼の形相であった」 BGM ピアノ曲とか、回想っぽい雰囲気 [エトM/041]「とても懐かしい夢を見た。それは、いつかの約束の夢。  (ノイズを入れる)の部屋で、(ノイズを入れる)と二人で"常夜の森"に行こうと計画していた日の夢。  ベッドの上でガイドブックを広げて、幼稚な旅行プランを毎日のように話し合った夢」(指示:演技の上ではノイズ挿入部分は彼とでも言っておいてください [少女/001]「いつか、絶対いこうね!」 [少年/001]「ああ、約束だ!」 BGMぶつ切りで終了 [エトM/042]「其処で、目が醒めた。どれぐらい眠っていたのかはわからないけれど、部屋は真っ暗。   燭台に火が灯っていないのを見ると、ユーリィは大分前から居ないみたいだ」 [エト/043]「ん……」 [ナレ/010]「エトはゆっくりと軋む身体を起こし始める、とまるで見計らったかのように扉が開いた。飛び込んできたのは言うまでもなくユーリィである」 [ユーリィ/037]「ただいま、身体はどうだ?」 [エト/044]「おかえり。一眠りしたらだいぶ楽になったよ……」 [ナレ/011]「ユーリィはさっとマッチを擦り、蝋燭に火を灯すとエトの傍らに腰掛ける。確かにエトの言うとおり、その顔色は先程より遥かに良くなっている」 [ユーリィ/038]「顔色も良いし、大丈夫そうだな……んじゃ、作戦会議、始めるか」 [エト/045]「うん」 [ユーリィ/039]「甲冑を着てるってのは聞いたが、武器は何を持ってた?」 [エト/046]「細身の長剣。僕の胸ぐらいまでの奴を振り回してた」 [ユーリィ/040]「ホントよく死ななかったなお前……。それ以外には?」 [エト/047]「それだけ、かなぁ…(思い出そうとしている感じの間)…うん、それだけだと思う」 [ユーリィ/041]「武器は剣だけか。間合いに入りさえしなければなんとかなるな」 [エト/048]「でも、意外とすばしっこいから注意しないと危ないと思う」 [ユーリィ/042]「なるほどな……。甲冑で防御が硬い癖に、動くのは早いか……クソッ対策が思いつかないな」 [エト/049]「うん……あ、そういえば。偶に異様に遅くなるときがあったよ」 [ユーリィ/043]「何?」 [エト/050]「特定動作の後っていうか、具体的にどの行動の後かは注視してた訳じゃないからわからないけど……うん、必ず動きが遅くなる時がある」 [ユーリィ/044]「その時が狙い目、か……どの行動の後かが解ればこっちの思うままだな」 [エト/051]「そうだね……その為には」 [ユーリィ/045]「もう何度か、会う必要がある、か……気が滅入るな。だが、やらないといつまで経っても勝てないしな。明日辺り、俺も会いに行ってくるよ」 [エト/052]「大丈夫?」 [ユーリィ/046]「コレでも運動には自信がある」 [エト/053]「バリツマスターだもんね」 [ユーリィ/047]「おうともさ。情報集めは俺に任せてお前は調子良くなるまで寝てろ」 [エト/054]「でも、ユーリィに任せるのは心配だなぁ」 [ユーリィ/048]「問題ないって言ってるだろ。チビがいらん心配してんな」 [エト/055]「ち、チビっていうな!…………わかったよ、お願いするよ」 [ユーリィ/049]「任せろ。さて、作戦会議も終わった事だし、晩飯喰うか?」 [エト/056]「食べる。僕はいつもの奴で」 [ユーリィ/050]「冒険心の無い奴だな……」 [エト/057]「それで地雷に当たるのは馬鹿でしょ」 [ユーリィ/051]「それは遠回しに俺が馬鹿だと言ってるのか?」 [エト/058]「遠回しも何も……」 [ユーリィ/052]「コイツ……! まぁいい、んじゃ頼んでくる」 [エト/059]「急いでって言ってよー」 [ユーリィ/053]「あいよー」 SE;扉の閉まる音 [エト/060](大丈夫かな……) [ナレ/012]「数十分の後運ばれてきた料理で腹を満たし、軽く肌を拭き両者は早々に床についた。   エトは欠片の事を、ユーリィは明日出会うであろう男の事を考えながら……。   ちなみに、その日のユーリィの夕食は、地雷であった事を付け加えておく」  シーン5 接触 2 [ナレ/013]「翌日、ユーリィはすっかり金で心を掴んだ御者が操る馬車で"常夜の森"に向かっていた。   武器らしい物は何一つ持たず、持っているのはサイフとステッキのみ。   悪魔の居る森に行くのではなく、何処かに散策にでも行くような格好であった」 [御者/006]「つ、着きましたよ、ご主人……」 [ユーリィ/054]「ありがとう。二時間後に迎えに来てくれ。いいか、二時間後だぞ? 決して遅れるな」 [御者/007]「は、はい……!」 SE:馬車が動く音 [ナレ/014]「ユーリィの命に怯えつつ、御者は街へと戻っていった。一人になったユーリィは、用心深く周囲に気を配りながら森へと入っていった」 [ユーリィM/055]「常夜の森、なんて名前が付いているとおり、森の中は非常に暗い。     ランタンを持ってきて正解だった。だが、それでも視界は狭い。確かにこの状態で襲われたらひとたまりもないだろう」 [ユーリィ/056]「さて……何処にいる?」 [ユーリィM/057]「感覚を研ぎ澄ましながら、一歩一歩森の奥へと進んでいく。     とその時、金属の擦れる音が耳に届いた。方角は斜め後ろ。大きさから考えて距離は遠いだろう」 [ユーリィ/058]「……早々にお出ましって訳か」 [ユーリィM/059]「音のした方角に身体を向け、待つ。     十秒もすれば鈍重そうな甲冑男が姿を現した。手には鈍く輝く細剣(さいけん)が握られていて、エトの言うとおりかなり長い」 [影/006]「きのう、逃げられた……でも、今日は逃がさない……ひひ、ひひひひひひ!!」 [ナレ/015]「呟いた刹那、甲冑男はユーリィとの間を一気に詰める。   外見からは想像も出来ないほどに俊敏な動きにユーリィは一瞬呆気にとられつつも直ぐさま身構える。   飛び込んできた男は嬉しそうな哄笑を撒き散らしながら剣を振り落とした」 [ユーリィ/060](確かに、コレなら普通は避けようがねぇな) [ナレ/016]「事も無げに剣を軽々と避けると、男の後ろへと抜ける。昨日と同じように男はノロノロと振り返る」 [ユーリィ/061](なるほど……獲物が見えなくなると遅くなるのか) [影/007]「逃がさない、逃がさないぃぃぃぃぃ!!」 [ナレ/017]「悲鳴にも似た声をあげながら男は再度ユーリィに接近する。そして間合いに入った瞬間、振るわれる高速の三連撃」 [ユーリィ/062]「おおっ!?」 [ナレ/018]「ユーリィはすんでの所でそれらを回避し、甲冑により狭まった男の視界からギリギリ出る所に移動する。   しかし、男は先程とは異なり俊敏な動きで直ぐさま追撃を放つ」 [ユーリィ/063]「(正面じゃ早いままか……)っとぉ!」 [ナレ/019]「またもギリギリの所で回避するユーリィ。その後も何度か位置を移動し、男が鈍重になる条件を探っていく。その最中、攻撃が当たらぬ事に男が憤った」 [影/008]「なんで、なんで、なんでなんでなんで当たらない! あぁああぁぁぁああああああ!!」 [ナレ/020]「最早狙いも何も無い、滅茶苦茶に振るわれる刃。   しかし、あくまでも冷静にユーリィはその手のステッキを構える。   連続して響く金属音。全力を以て振られた筈の剣は、容易く斬る事の出来るはずのステッキに受け止められていた」 [影/009]「ど、して? それ、ステッキ……」 [ユーリィ/064]「コイツは特別製でな……!」 [ナレ/021]「ステッキを傾け、剣を斜めに逃がしつつユーリィは男の脇を抜けると同時にステッキを振るい片足を薙ぐ。  一連の早業に、流石の男も対処が出来ず無様に地に倒れた」 [影/010]「なんだ、なんだなんだなんだなんだ今の今の今の!」 [ユーリィ/065]「遅ぇ!」 [ナレ/022]「男が起きあがろうとするよりも早く、片足を男の胴体にステッキを頭に打ち込み行動を妨害する」 [影/011]「がっ……なんだ、お前、なんだ、なんでなんで」 [ユーリィ/066]「大して影響は受けてねぇみたいだな……いや、影響を受けてこの程度なのか? ……違うな、この感じ……まさかお前」 [影/012]「何、言って?」 [ユーリィ/067]「いや、こっちの話だ。ま……今日はこんなもんだろ」 [ナレ/023]「ユーリィは乗せた足とステッキに思いっきり力を篭め、一瞬男の意識を奪い取る」 [ユーリィ/068]「少しだけ待ってろ。お前をすぐに――」 [ナレ/024]「去りゆくユーリィを男は追えず、地に転がったまま動く事はなかった」 [ナレ/025]「さて、札束を掴ませたお陰か、きっちりと森の出口で待っていた馬車に乗り込み、ユーリィは少々機嫌を良くしながら街へと戻っていった」  シーン6 憩息 [ユーリィ/069]「ただいま」 [エト/061]「おかえり」 [ナレ/026]「部屋に戻ったユーリィは、昨日とは異なりキチンと寝台に身を横たえたままで待っていたエトに安心する。   ただびとならば当然であるその姿にユーリィが安心したのは、エトには風邪だろうとなんだろうと興味を抱けば寝台から抜け出す癖があったからである」 [エト/062]「何かわかった……?」 [ユーリィ/070]「ああ、動きの遅くなる条件は大体掴めた。後は、お前が治るのを待って、斃しに行けばいいな」 [エト/063]「それで、条件は?」 [ユーリィ/071]「ああ、ちゃんと纏めて話すよ。今話すとお前は飛びだしていきそうだ……」 [エト/064]「今でも良いじゃん。けち!」 [ユーリィ/072]「けちで結構。んじゃ、飯持ってくるぞ」 [エト/065]「はいはい……ケチユーリィのアホ糞短小野郎」 [ユーリィ/073]「そんだけ口利ければ元気だな? ガッツリ重い飯持ってきて良いんだな?」 [エト/066]「あ、わ、駄目。其れは困る。軽食で……」 [ユーリィ/074]「はいはい」 [ナレ/027]「その日も、ユーリィの食事は地雷だった。   エトは、かなりの少量であったにも関わらず、夕食を残してしまった。   しかし詫びる様子もなく、残した分をユーリィに処理させ、早々にエトは眠りについた。ユーリィは夜遅くまで、対策を練っていた」  シーン7 対決 [ナレ/028]「エトの体調が回復するのを待って二人は再び森へと足を向けた。   相も変わらず暗い"常夜の森"は、以前と全く同じ様子でぽっかりと口を開いていた。   若干の緊張を滲ませながら、二人は御者と別れ、ゆっくりと森の中へと入っていく。   ――ユーリィが甲冑の男と対決してから既に一週間が経っていた」 [ユーリィ/075]「良いか、アイツは背後で半径五メートル以上の距離に移動すると反応が鈍くなる」 [エト/067]「五メートル?」 [ユーリィ/076]「ああ。これ以下だとすぐ振り向きやがる。だから、仕切直すときは五メートルの距離を取れよ」 [エト/068]「ああ、うん。わかった。五メートルね、五メートル」 [ユーリィ/077]「大丈夫か?」 [エト/069]「うん、任せて。…………そろそろ、来るんじゃない?」 [ユーリィ/078]「だな。んじゃ、頑張れよ。今回は、手伝えそうにないからな」 [ナレ/029]「言うなりユーリィは跳躍し、器用に木の枝に着地するとそのまま姿を消してしまった。   一人、残されたエトは、息を整えその時がくるのを、ただ待っている」  SE:非常に小さく金属同士の擦れる音 [エト/070]「来た」 [ナレ/030]「ゆっくりと音のした方向に視線を移す。   暗く判別しづらいが、確かに、こちらに近づいてくる影があった。   それは彼等の探していた甲冑の男に他ならない」 [影/013]「ふしゅるるるるるるる、る……獲物、えもの、えものぉぉ! みつけた、ようやく、満たせる!」  SE:一瞬の暴風 [エト/071]「っ……!」  SE:金属同士のぶつかる音 [エト/072](前よりも早くなってる?!) [影/014]「ひへひへへへへへへへ。いっぱいいっぱいお腹空いた。  お前お前食べる食べるよぉ、そしたらお腹一杯俺幸せになれる。  なれるなれる。ははははは!」 [ナレ/031]「甲冑の男は半狂乱で笑いながら、剣を豪快に振り回す。   ユーリィとやり合ったときよりも遥かに洗練された軌道を描き、素早く的確にエトの命を刈り取らんと舞い踊る」 [エト/073]「厄介……!」 [ナレ/032]「ある物は受け止め、ある物は流し、ある物は回避し、幾度も剣を重ね合う。   ある時は背後に回り体力を回復させ、ある時は真正面から打ち合う。そうして時を重ねていく」 [影/015]「楽しい気持ちいい、へへ、ひひ。君を食べたらどんなに美味しいんだろう?」 [エト/074]「僕を食べても――美味しくなんかないよ!」 [影/016]「美味しいヨォ、美味しい美味しい。うふふふふふふ」 [エト/075](くっ……このままじゃ押し切られるし、かといってユーリィは間違いなく助けてくれない。どうする? どうすれば倒せる? どうすれば取り戻せる……?) [影/017]「はぁああああ!!」 [エト/076]「うわぁっ!」  SE:転倒音 ナレ「転倒するエト。馬乗りになる男。    男はニヤリと笑みを作り、その剣を振り上げてその命を刈り取らんとしたその刹那」(この台詞は背後に隠れる感じで下の台詞を流す [エト/077](不味い不味い……このままじゃ) [影/018]「うへへへへひひひひ。いーたぁだぁきぃまぁーす!」 [ナレ/033]「振り下ろされた凶刃を空に生じた薄氷が弾き飛ばす。困惑する男。響き渡る妖艶な笑い声。浮かび上がる一つの影」 [クリス/000]「うふふふふふふふふ」(深いところから反響して響く感じで [エト/078]「あ……」 [ナレ/034]「それは婦人。それは魔女。氷の女王を振るうエトの守り手」  SE:心臓の音 一拍 [クリス/001]「まったく、見ていられないわ」 [影/019]「な、なんだ。なにした。なにがおきた?」 [エト/079]「クリス……遅いよ」 [クリス/002]「確かに私は手伝うといったけれど、あまり当てにしては駄目よ。特に昼間は駄目なんだから」 [エト/080]「でも、こうやって助けてくれた」 [クリス/003]「(吐息)そりゃ、約束しましたもの」 [影/020]「何だ貴様誰だ誰だ。何処から来たどうやって入ってきた!」 [クリス/004]「騒がしい子ね。花の開花を待つ余裕すらないの?」 [影/021]「黙れ黙れ黙れ! それは俺の獲物だ。誰にも渡さない!」 [クリス/005]「ふふ……さ、立って、行きましょう」 [エト/081]「…………うん」 [影/022]「きぃぃぃぃあああぁぁぁぁぁぁ!! なんだお前何だお前。なんなんだよぉぉぉぉぉ!」 (SE:金属の弾かれる音、幾つか連続 [ナレ/035]「男は乱雑に剣を振り回す。そのどれもが必殺の一撃。   けれど、全てが薄氷に阻まれ、エトを害する事が出来ない。   僅か数センチの氷を、男の剣は破る事が出来ないのだ!」  SE:剣戟の音 ゆっくりとした足音 [エト/082]「ごめんね……僕の所為で、君は狂ってしまった」 [影/023]「ああああああああ!あああああああ、ああああああ!! なんでなんでなんでなんでぇえええええ! くるな、くるなくるなくるなくるなぁああああ!!」 [エト/083]「だから、ううん……其れを返して貰うよ。僕の欠片を――!」 [影/024]「やめろ、やめろやめろろろろろろろろろろろ――――ぃあああああああああああ!! きえるきえるきえるるるるるぼぼぼぼぼくがあああああああああ!」 [エト/084]「はああああああ!!」  SE:斬撃音 [影/025]「ぎ……ぃ……いぃ……」 (SE;転倒音 [エト/085]「はぁ……はぁ……これで、二つ目!」 [クリス/006]「さぁ、これで貴女は何を取り戻すのかしら?」 [エト/086]「わからないよ……」 [ナレ/036]「エトが倒れた甲冑の男へ手を伸ばす。触れた指先から光が溢れた」 [エト/087]「く……うぅ……あ、あぁ……はぁあああ」(恍惚とした声) [エト/088]「流れ込んでくる悦楽と喜びの記憶達。   連動するように身体が熱を発し、否応なしに声があがる。奇妙な高揚感が、全身を包み込んでいた」 [クリス/007]「ふふ。これで貴女は艶を取り戻したわ。残るは三つ。がんばりましょうね」 [エト/089]「あ……ふぁ…………んん…………う、うん」 [クリス008]「それじゃ、また後で」 [ナレ/037]「言うなり魔女は何処かへと姿を消した。元から存在などしていなかったかのように痕跡もなく」 [エト/090]「行っちゃったか……んん……気持ち悪い感じ」  SE:着地 足音 [ユーリィ/079]「よぉ、お疲れさん」 [エト/091]「ああ、ユーリィ。……つ、疲れた」 [ユーリィ/080]「あそこまで動きが早くなってるのは予想外だったからなぁ。ま、無事で何よりだ」 [エト/092]「うん……………………ていうか、ユーリィなんか臭いんだけど?」 [ユーリィ/081]「え!? ……く、臭くないぞ?」 [エト/093]「いや、臭いよ。臭い。何の臭いかはわからないけど臭い」 [ユーリィ/082]「な……なら、それはアイツのだろ」 [エト/094]「……え? ――――うそ」 [ナレ/038]「ユーリィが指さしたのは先程まで殺し合っていた男。   見れば、驚くべき事に鎧の中に入っていた男は――ミイラと化していた」 [ユーリィ/083]「色々調べたんだがな、コイツは大分前に死んでたみたいだ。     夕暮れ時に森に入っていってそのまま帰ってこなかった……本当の意味での、"悪魔"の犠牲者って訳」 [エト/095]「そう……なんだ」 [ナレ/039]「絞り出すように呟くと、エトは男の鎧を脱がせていく。   徐々に露わになっていく屍体(したい)。あれ程機敏に動き廻していたのが嘘のように、両手と両足の関節は腐っていた」 [エト/096]「……こんなになっても、動かされてたんだね。僕の、所為で……」 [ユーリィ/084]「お前の所為じゃねぇだろ……運が悪かった。それだけだ」 [エト/097]「僕は……そこまで割り切れないかな。ごめんなさい……本当に。 ねぇユーリィ。この人の家族は?」 [ユーリィ/085]「ああ、どうやら天涯孤独だったみたいだな。恋人も居ない。所謂、仕事が恋人って奴だ」 [エト/098]「そっか……」 [ナレ/040]「頷くなり、エトはせっせと土を掘り返し始める」 [ユーリィ/086]「ん? どうするつもりだ?」 [エト/099]「お墓、作ろうかなって」 [ユーリィ/087]「……手で穴掘ってたら日が暮れるぞ」 [エト/100]「……でも」 [ユーリィ/088]「(はぁ……やれやれ)、わかったわかった。墓は作る。けど、此処じゃなくて別の場所でな。幾ら何でも、この森の中じゃ寂しすぎるだろ?」 [エト/101]「(一瞬何を言ったのか心底わからないと云った様子で)寂しい?――――ああ、うん、そうだね」 [ユーリィ/089]「…………。んじゃ、決まりだな。とりあえず、そいつは街に連れて帰ろう。墓の手配はそれから、な。んじゃ、ランタン頼むわ」 [エト/102]「うん……」 [ナレ/041]「ユーリィはエトにランタンを手渡すと、何処からか出した巨大な布で男の遺体を器用に包み、嫌悪感も無げに包みを背負った」 [ユーリィ/090]「クソッ……重いな」 [エト/103]「大丈夫?」 [ユーリィ/091]「これぐらい余裕。ほら、急ぐぞ。そろそろ日も暮れる」 [ナレ/042]「ユーリィの言を証明するように、周囲が更に暗くなる。   僅かに見える外の灯りも、殆ど無くなり始めていた。   ぐるる、ぐるる、と響き始める獣達の呻き声。それを聴きながら、二人は必死に駈け抜けた」 [エト/104]「ほら、早く! もうすぐだよ」 [ユーリィ/092]「わかってるよ! だーくそっ重い!」 [ナレ/043]「そうして奇跡的に獣に襲われることなく森を抜け、びくびくと怯えながらもキチンと待っていた御者に駈け寄る」 [御者/008]「ひっ……お、おかえりなさいまし」 [ユーリィ/093]「ちゃんと待っていてご苦労。金は弾むからコレ積んで急いで戻ってくれ」 [御者/009]「は、はぃぃ!」 [ナレ/044]「嫌にずっしりと、そして奇妙な感覚のする包みに悲鳴をあげながらも御者はしっかりと死体を積み、馬車を走らせた。   追い立てるように、日が沈んでいく――街に着く頃にはすっかり日が落ちていた」 シーン8 葬式 [ナレ/045]「翌日、街にある小さな教会で、小さな葬儀が執り行われた。   参列者はエトとユーリィの二人だけ。葬儀を取り仕切る年老いた祭司の声が響く中、教会の手順に乗っ取り葬儀は進んでいった」 [ナレ/046]「そうして遺体は教会近くの小高い丘に屠られた。ユリの花が咲き誇る、美しい丘だった」 [エト/105]「ここなら……寂しくないのかな」 [ユーリィ/094]「ああ……たぶんな」 (SE:風の吹き抜ける音) [ユーリィ/095]「んじゃ……行くか」 [エト/106]「そうだね……」 [ナレ/047]「二人は神父に礼を述べ、その場を去る。後には、ユリに囲まれて佇む男の墓だけが残った」 シーン9 旅の再開/エピローグ [エトM/107]「夕暮れの街に滑り込んできた汽車が軽快な汽笛を鳴らす。    降りてくる人達は期待に満ちた顔で、乗り込む人達は沢山の荷物と満足そうな笑顔を湛えていた」 [エトM/108]「僕らもまた同じように荷物を持ち、笑みを浮かべて乗り込んだ」 [ユーリィ/096]「忘れ物はねぇか?」 [エト/109]「ユーリィみたいに色んな所に行った訳じゃないからね。忘れようがないよ」 [ユーリィ/097]「そか……」 [エトM/110]「そんなお約束の会話を終えて、僕らは席に着く。    汽笛が鳴り響き、ゆっくりと景色が流れ出す。段々と遠くなっていく時計の街を見ながら、丘に眠る男に思いを馳せる」 [エト/111]「彼は――寂しくないのかな」 [エトM/112]「その事が、奇妙に心に残っていた。ううん、きっと幸せだろうと首を振って窓を閉じる。    ――汽車がトンネルへと入った。この先には、この国最大の氷河。嗚呼、其処には一体どんな欠片が眠っているのだろう……?」 しばらく間を置いて [ユーリィ/098]「後三つ……か。なぁ、僕のエトワール。お前は、いつになったら微笑んでくれるんだ」